通いやすい病院選びで、体と心の荷も軽くなる

通いやすい病院選びで、体と心の荷も軽くなる

不妊治療について考え始めたときや、通院中の医療機関から転院を検討したとき、多くの人が悩むのが「病院選び」です。自分やパートナーが納得して通えるのは、どのような医療機関なのでしょうか。不妊治療患者をはじめ不妊症・不育症に悩む人たちを支援する「NPO法人Fine(ファイン)」理事の松本亜樹子さんに、医療機関を選ぶ際に押さえておきたいポイントや注意すべき点などについて、アドバイスをもらいました。


大切なのは「どこに行くか」より「いつ行くか」

――不妊に悩む人が治療を始めようと思ったときに、どのような医療機関の選択肢がありますか。


大学病院や総合病院といった大きな病院から、産婦人科医院、そして不妊治療専門クリニックなどがあります。大きな病院ですと他の診療科もあるため、病気が見つかったり、手術が必要になったりした場合に連携が取りやすいというメリットがありますね。不妊治療専門クリニックなど、生殖医療専門医が在籍しているところなら、医師をはじめとしたスタッフの知見や経験値の高さが期待できます。


ただ、まずは「どこに行くか」よりも「いつ行くか」の方が大事ですね。「なかなか妊娠しないな」「不妊かな」と思ったら、検査だけでも受けてみることが大切です。病院に行くのを先延ばしにしていると、何かしらの疾患があった場合はひどくなりますし、何よりも女性がどんどん年齢を重ねて妊娠しにくくなってしまうのは、もったいないことだと思います。


自宅や会社の近くに不妊治療を扱っている産婦人科があれば、そこにまずは検査に行くのもよいですし、泌尿器科もある大きな病院や男性不妊にも対応しているクリニックなら、男女ともに検査を受けられます。男性不妊クリニックと提携しているところも安心です。


まず検査をしてみて、男女ともに問題がなく、治療には抵抗があるのならば、様子を見ることもできます。もし検査で不妊の原因が見つかっても、解決することができるのであれば早めの妊娠・出産につながるかもしれない。それは結果として良いことなのですよね。


松本亜樹子さん

仕事しながらでも通いやすい工夫が

――自分に合った医療機関を探す際に、ポイントとなることを教えてください。


まずは通いやすさ、そして続けやすさですね。私たちのNPOが2020年に、不妊・不育治療の当事者を対象に行った病院選びについてのアンケートでも、「通院しやすさ」を重視している人が多かったです。不妊治療は、体外受精や顕微授精といった高度な治療になると、注射を打つ必要があるなどして多い場合は月に14、5回ほど通うこともあります。高度な治療ですと、受精をするための卵子の発育具合などによって突発的に通院が必要になることもあります。職場や自宅からの近さは考えた方が良いポイントですね。


診療時間や設備、対応も検討材料になります。だいたいの医療機関は午前と午後診療があって夕方までに終了しますが、朝早めの午前7時ごろから診療している、または夜の午後8時、9時ごろまで開いているクリニックも少しずつ増えているように思います。仕事との両立を考えた場合、出勤前や退勤後に受診しやすくなりますよね。Wi-Fiやパソコンが使えるスペースを設けたクリニックもあります。診療は予約制がほとんどですが、待ち時間が長くなることもありますので、こうしたクリニックなら仕事をしながらでも通いやすくはなります。


なるべく通う回数を減らしたければ、排卵誘発剤の自己注射ができるかどうかも見ると良いです。自己注射ができれば、注射のために通院する必要がなくなり、通院の負担が軽減できます。精神的な負担について考えるのならば、治療についてしっかりと説明し、患者の不安を軽減してくれるカウンセラーがいるところも良いですね。一般社団法人日本生殖心理学会が認定する「生殖心理カウンセラー」や、NPO法人日本不妊カウンセリング学会が認定する「不妊カウンセラー」といった資格者を配置している医療機関もあります。


――病院選びについてのアンケートでは、77%の人が「病院選びに迷った経験がある」と答えていました。そこにはどういう理由がありますか。


「仕事をしながら通いきれるのか」を考えると、立地や診療時間などを詳しく検討しなければならない。治療実績や成績の統一基準がないために、口コミなど信頼性がわからない要素も含めて検討せざるを得ないことなどが理由に挙げられていました。また、病院で何回も治療を受けて詳しくなったがゆえに、転院する時に迷ってしまうという方もいましたね。


医療機関によって治療成績の出し方が違うため、ウェブサイトなどで治療成績が公表されていても比較することができない、という方もいました。妊娠率や出産率といったデータは実は数値化が難しいもの。例えば20代の患者さんが多いクリニックと40代の患者さんが集まるクリニックとで一概に妊娠率を比べるのは難しいですよね。私たちも、それぞれの医療機関ごとに年齢別の妊娠率や出産率を出してほしいということは要望し続けています。


松本亜樹子さん

本当に必要な情報や知識を得るために

――病院選びの際に、医療機関のウェブサイトや不妊治療当事者のSNSなどインターネット上の情報や口コミを参考にする人も多いです。その場合に見ておきたい点や注意したい点はありますか。


医療機関のウェブサイトを見るときは、治療方針のほか、予約の取り方などの利用方法は押さえておきたいですね。設備やスタッフの体制について詳しく書いてある施設もあります。培養室の設備を整えている、カウンセリングに力を入れているなどの情報も、どれだけ患者に対して配慮のある取り組みをしているのかという点で参考になります。日本産科婦人科学会や日本生殖医学会などの学会のウェブサイトで情報を得るのも良いと思いますね。また最近では、さまざまなクリニックが対面やオンラインで治療の説明会を開いています。説明会に出席して、クリニックの雰囲気をつかむのも良いでしょう。


インターネットは便利ですが、リスクもあります。「あのクリニックでこの治療を受けたから、私は妊娠できた」という口コミも多いですが、自分自身の状況がその口コミのケースに当てはまるのかどうかはまた別です。過剰な期待を抱いて転院し、思うような成果が出なかった場合、傷つくのは自分です。ネットの口コミをそのまま、うのみにはしないでいただきたい。ネットの情報は100%じゃないということを踏まえて、数ある情報の一つとして上手に利用すればよいと思います。


松本亜樹子さん

――病院を決めて通院する際、医療者と良いコミュニケーションを取るには、どんな意識が大切ですか。


医師と患者は対等に、同じ目的に向かって協力し合いながら進んでいくパートナーである、というスタンスでコミュニケーションを取るのがいいと思います。医師に対して遠慮しすぎる必要もないですし、「患者なんだから」と強く出る必要もない。礼を尽くしたうえで、言いたいことはきちんと伝えればいいと思います。


ただ、忙しそうな医師に対しては、聞きたいこともなかなか聞けないですよね。長い時間待ったとしても診療は数分、ということもありますが、その場合は時間をいかに有効に使うかを考える必要があります。私が不妊治療で通院していたときは、事前に質問を箇条書きでメモに書き、診療のはじめに「先生、今日は三つ質問があります」などと伝えていました。口頭だけで伝えるよりも、メモを見せたほうが医師もわかりやすかったようで、それから医師もスムーズに質問に答えてくれるようになりました。そして私は医師が答えてくれたことを必死で書き取りました。それで、だいぶコミュニケーションが取れるようになりましたね。質問は簡潔にまとめるのがポイントです。


――働いている場合、勤務先には治療についてどう説明すればよいでしょうか。


勤務先では、可能であれば直接の上司に伝えておいた方が、後々のことも考えると安心ではあるかと思います。言いにくいのなら、人事担当者などですね。厳しければ同僚など1人でもいい。会社内で事情を知っている人がいる方が、精神的な負担を減らせます。厚生労働省は、勤務先に不妊治療中であることを伝えるツールとして「不妊治療連絡カード 」の活用を勧めています。主治医に治療の時期や配慮事項などを書いてもらうものですが、勤務先に伝えるきっかけとしては使いやすいのではないでしょうか。


不安にならなくて大丈夫。仲間はたくさんいます

――これから不妊治療を始めてみようと考えている、いままさに治療をしているという人たちに向けて何を伝えたいですか。


私が治療をしていた約20年前と比べると、不妊治療はだいぶ社会的に知られるようになったと感じています。2022年4月から公的医療保険の適用対象が広がり、不妊治療にも一定の範囲で保険が適用されるようになり、金額が一律に設定されたことで、以前は高くて通えなかったクリニックにも通えるようになりました。高度な治療ができる施設も増えています。


しかし、まだまだ不妊治療について話しにくい雰囲気はありますね。当事者自身もそうですし、周りにいる人たちも腫れ物に触るような風潮があると思います。通院の頻度を含め、治療の内容もほとんど知られていません。ですから、まずは知ってもらう。正しい情報や知識から理解してもらうことが大切です。特別扱いはしなくていいんです。仕事との両立をどうサポートしていくかという点においても、不妊治療も、介護や育児、闘病や通院と同じように考慮してもらえないかなと思い、それをお伝えし続けています。


松本亜樹子さん

いま、日本では約4.4組に1組(※1)の夫婦が不妊の検査・治療の経験があり、1年間に産まれる赤ちゃんの14人に1人(※2)が体外受精や顕微授精等の生殖補助医療で産まれていると言われています。不妊や不妊治療は決して珍しくありません。ですから、そんなに不安にならなくて大丈夫です。たくさんの仲間がいますので、ひとりぼっちじゃありません。民間のカウンセリングや自治体の不妊相談なども活用して、自分一人だけ、もしくはパートナーと二人だけで抱え込まないでください。


(※1)国立社会保障・人口問題研究所「2021年社会保障・人口問題基本調査」の「出生動向基本調査」より
(※2)日本産科婦人科学会雑誌第74巻第9号「令和3年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(2020年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2022年7月における登録施設名)」より


病院に行くのを迷っているのであれば、まずは検査だけでも受けてみてください。その場合は、男女とも必ず受けてほしいです。その上で治療をすることになれば、よく考えて、パートナーとたくさん話し合ってください。そこで、二人がどんな人生を歩みたいかをちゃんと考えてみる。自分たちがどれだけ子どもがほしいのか、それは実子じゃなきゃだめなのか。子どもを育てたいのなら、養子縁組や里親になるという選択肢もあります。自分たちでよく考えて悩んで、そして、納得して選択してもらいたいなと思います。


※当記事には個人的な見解も含まれます。


PROFILE

松本亜樹子(まつもと・あきこ)さん

長崎県生まれ。NPO法人「Fine」ファウンダーで理事。国際コーチング連盟マスター認定コーチ、人材育成・企業研修講師、フリーアナウンサーとして全国で活躍。不妊治療を経験する中で、当事者を支え、その声を広く届けようと2004年、同じ経験を持つ仲間と4人でFineを設立。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)など。


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