齊藤隆和先生(左)と三井真理先生(右)
齊藤隆和先生(左)と三井真理先生(右)

妊娠・出産や不妊症などの基礎知識
「他人事」にしない、不妊症と不育症への向き合い方とは

子どもを望むすべてのカップルが、無事に赤ちゃんを迎えられるわけではありません。なかなか妊娠できなかったり、残念ながら流産したりするケースもあるのが現状です。それでも二人で不妊治療を続けて出産できた人がいれば、子どものいない人生を選んだ人もいます。カップルが納得して将来を選択できるようになるために、まず知っておくべきことは何でしょうか。不妊症と不育症の専門家にそれぞれ話を聞きました。

PROFILE

「不妊症は特別なことではありません。まずは検査が大切です」
齊藤隆和(さいとう・たかかず)先生

国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 不妊診療科 診療部長


「不育症の方の抱える不安を、希望に変えるお手伝いができれば」
三井真理(みつい・まり)先生

国立成育医療研究センター 周産期・母性診療センター 不育診療科 診療部長


[1]5.5組に1組のカップルが不妊検査や治療を経験

 妊娠や出産ができずに悩んでいる人は多いにもかかわらず、周りの人たちがそれを知ることはあまりありません。誰かに話すことがためらわれたり、相談する機会が少なかったりするため、不妊の悩みは社会から見落とされがちになっています。実際には、不妊を心配したことがある夫婦は3組に1組(35.0%)、不妊の検査や治療を受けたことがあるカップルは5.5組に1組(18.2%)もいます(出典:「2015年社会保障・人口問題基本調査」の「出生動向基本調査」)。不妊検査や治療は特別なことではないのです。

不妊の検査や治療をうけたことがある夫婦の割合

 年齢を重ねるにつれて卵子や精子の数は減っていき、一方で、流産をする率が上がっていきます。個人差はあるにしても、高齢になるほど出産が難しくなります。晩婚化が進む日本では、赤ちゃんを授からない「不妊症」や、妊娠しても出産に至らない「不育症」に、多くのカップルが直面しています。

不妊症 赤ちゃんを望んで性生活を送っているのに、妊娠しない状態が1年以上続く状態。または、妊娠のために医学的なサポートが必要な状態。
不育症 無事に妊娠はするけれども、流産や死産を繰り返し、元気な赤ちゃんを授かることができない状態。

 自然に妊娠や出産するのが困難な場合、検査や治療など医療のサポートを受けることができます。いきなり産婦人科に行くのはハードルが高そうですが、スタートとして齊藤先生が提案するのは、まずは自分で情報を調べてみること。「今はインターネットや本、口コミなど情報量が多くなっているので、選ぶことが難しくなっている状況でもあります。膨大な情報の中から、自分が望んでいる情報を見分けることが大事です。病院やクリニックに行ってみて、自分と合わなかったら別のところに行けばいいと思います」と教えてくれました。


[2]不妊の原因は男性にも。大切なパートナーへの思いやり

 妊娠や出産において、身体的にも精神的にも大変なのは女性の方です。でも、実は精子が少なかったり元気がなかったりするなどの理由で、男性にも不妊の原因があると言われています。


 齊藤先生は「妊娠に向けた取り組みは一人でするものではなく、二人の共同作業です。人生設計について共通認識を持ち、お互いを思いやることが大事です。男性は、女性が妊娠する仕組みや男性機能などのことを最低限、知っておく方が良いでしょう。精子に問題があるかを調べるための、精液検査も医療機関で受けられます」と言います。


 三井先生も「生理や妊娠の大変さを男性が100%理解するのは難しいですが、寄り添う気持ちが伝われば、心身ともに妊娠に向けて頑張っている女性も救われる部分があると思います。たとえ一緒に病院に行けなくても、女性が『診察に行ってきたよ』と言えば『ありがとう』と答えるだけでも違います。取り組みの時点から『自分は父親になるんだ』という気持ちを育んでほしいですね」と、男性の意識の重要性を説きます。


[3]できることから始められる

 いつかは子どもが欲しいと思っていても、仕事などの事情を理由に、先送りしようというカップルも多いでしょう。そんなケースでも、妊娠に向けた取り組みはできることから始められます。卵巣の機能や精子の状態がどうなっているかを事前に調べておくことで、後になって自分たちが不妊症だと気づいて「早く検査しておけば良かった」と後悔せず、次のステップに進むことができます。また、自覚症状はなくても婦人科検診を定期的に受けることで、子宮頸がんなどの深刻な病気の早期発見にも役立ちます。


「毎月生理がちゃんと来ているからといって、いつでも妊娠できるわけではありません。自分たちの身体を見つめ直すことはすごく大事です」と、三井先生が推奨するのは「プレコンセプションケア」。女性やカップルが普段から健康状態をチェックし、元気な赤ちゃんを授かるチャンスを増やすことです。


 また、日頃から生活習慣に気をつけて自分の健康を守ることは、将来の妊娠・出産のために重要です。男女ともに不規則な生活や過度のストレスを避け、飲酒やタバコは控える、バランスのよい食事を取ることなどが、いつか来るかもしれない赤ちゃんの健康へとつながっていきます。


[4]不妊治療のステップと進め方

 不妊治療は様々な検査に始まり、タイミング法から人工授精、体外受精、顕微授精といった高度な治療まであります。不妊検査では、精子の数や運動率を調べたり、採血してホルモンの分泌量を測ったり、超音波で卵巣や子宮の状態を調べたりします。齊藤先生は「自分たちが妊娠できない原因の目安がつけば、どのような治療が必要で、どれだけの費用がかかるかなどを見極めることができます。自分たちの立ち位置を知るためにも、まずは検査を受けることが大事」と説きます。

一般的な不妊治療の流れ

 検査で異常が見当たらなければ、タイミング法で自然妊娠を目指します。排卵日を推測して、そのタイミングを見計らって性交渉する方法で、場合によっては排卵誘発剤を使います。それでも妊娠できなかった場合、人工授精が次のステップとなります。事前に採取した精子を子宮の奥に注入する方法です。ここまでが一般的不妊治療と言われています。


 さらに次のステップと位置づけられる体外受精は、女性の身体から卵子を取り出し、培養器の中で男性の精子を受精させて、しばらく培養した後に子宮へと戻します。顕微授精の場合は、顕微鏡を使って精子を卵子に直接送り込んで授精させる点が、体外受精とは異なります。


 高度な不妊治療になるほど、費用も女性の身体への負担も大きくなります。体外受精と顕微授精は1回で数十万円以上の費用が必要となります、「国や自治体が費用を一部助成する制度があるので、ぜひ利用すべきだと思います」と齊藤先生。1回につき、上限額30万円の助成が受けられます(回数制限や年齢制限あり)。また、人工授精、体外受精、顕微授精は、現時点では保険の適用外で自費負担ですが、2022年度以降の保険適用に向けた動きが進んでいます。


[5]不育症と心のケア

 流産や死産を繰り返す不育症には、原因が解明しにくいという特徴があります。「流産の頻度は年齢にもよりますが、妊娠が確認されたうちの10~15%とされています。また、偶発的に流産をくり返している症例も多いというデータもあり、リスク因子についての検査の結果、特段のリスク因子が無い方は、治療を行わなくても、次回の妊娠が継続する可能性は高いと考えることができます」と三井先生は説明します。


 流産が偶発的なものであったとしても、お腹の中の小さな命を失った女性の喪失感は計り知れません。三井先生が不可欠だと考えているのが、心のケアです。「流産を積み重ねていくと、妊娠が喜びではなく不安になってしまう方もいらっしゃいます。それでもお子さんを授かりたいという希望を、私たちはつなげていくお手伝いをしていきたいと思っています」。


[6]約2割が仕事と不妊治療を両立できず退職

 仕事との両立は、不妊治療を考えているカップルにとって大きな障壁となります。不妊治療をしている約5500人に行われたアンケート(NPO法人Fine、2018年)では、「仕事との両立はできていますか?」という質問に、95%以上の人が「両立は難しい」と答えています。さらに、「仕事と不妊治療の両立が困難で、働き方を変えざるを得なかった」という人が約4割を占め、そのうちの半数以上(全体の約20%)が「退職をした」と回答しています。

不妊治療と仕事の両立

 不妊治療をしていると、月経周期に合わせて通院したり、急に仕事を休んだりすることが必要です。当事者のカップルだけでは解決できず、周りの人の理解や協力がなければ順調に進むことはできません。齊藤先生は「両立が難しい環境が本人のストレスになると、さらに妊娠しづらくなるという悪循環も起きかねません。不妊治療のしやすい環境づくりも大切ですが、少子化が進むいま、子どもが生まれることが社会にとって大切だという認識が必要だと思います。子どもを産もうとしている人がいれば、みんなで応援しようという社会になることを望んでいます」と話しています。


[7]治療をやめるタイミング

 ずっと不妊治療を続けているのに、残念ながら妊娠や出産が叶わないカップルもいます。以下の図は、体外受精や胚移植等を行った場合の妊娠率や流産率等のデータとなりますが、40歳前半頃には妊娠率(移植周期あたり)は下がり、流産率は上がり、時間が経つほどに子どもを産むのは難しくなります。いつかは治療をやめなければならないとわかっていても、やめるタイミングに悩んでいる人もいるでしょう。

妊娠率・生産率・流産率
※上記グラフにある「妊娠率/総ET」は「妊娠率(妊娠周期数÷総ET数)」を指し、「妊娠率/総治療」は「妊娠率(妊娠周期数÷総治療周期数)」を指します。


 医師からは年齢に伴う妊娠の確率やリスクについて説明しますが、治療を続けるかやめるかを決めるのは当事者の二人です。「妊娠や出産にどれだけ体が耐えられるか、どれだけ妊娠できる能力があるかは、大きな判断基準です。また、特別養子縁組で子どもを迎えることを選び、それをきっかけに次の道に進むという人もいます」と齊藤先生は言います。


 三井先生も、いまいちど自分やパートナーに向き合うことをすすめています。「二人で考えた結論が納得できる終着点であってほしいと思います。不妊治療で大事なのは、二人が同じ方向を向いて、同じ歩幅で歩んでいこうという意識。常にコミュニケーションを取って確認していくことが必要ですし、もし授かれなかった場合に二人の人生をどうしていくかを、前もって一緒に考えるのも大切だと思います」。


[8]後悔しないよう、二人で納得できる選択を

 カップルにとって、子どもを産んで育てることだけが幸せではありません。産まないという選択を含めて、さまざまな道を選ぶことができます。たとえば、自分では産めないけれども子どもを望む夫婦には、里親制度(※1)や特別養子縁組制度(※2)を利用して、子どもを迎えるという選択肢があります。

(※1)様々な事情で親と暮らすことのできない子どもを一定期間、家庭に迎え入れ養育する制度。
(※2)子どもの実親との法的な親子関係を解消し、実の子と同じ親子関係を結ぶ制度。


 ただ、子どもを産もうと決断したカップルにとって、気持ちを切り替えて新しい人生を歩むのは、容易なことではありません。正解と言えるものはなく、納得のできる答えを二人で考えていくことが大事です。齊藤先生は「不妊治療をして子どもが授かれなかったとしても、悔いがないような選択をしていただきたい。そのためには、どの年齢でどんな治療でどの程度妊娠しやすいのかなど、さまざまな知識を得て十分に熟考してほしいと思います」と言います。


 三井先生も、カップルが後悔のないようにしてほしいと願っています。「妊娠や出産は皆が簡単にできるものではなく、幾重もの奇跡が重なって元気な赤ちゃんは生まれてきます。不妊治療を頑張って授かれたのなら良かったですし、授からなかったとしても、二人で同じ目標に向かって過ごした時間は、何物にも代えがたいパートナーとの絆だと思うのです。妊娠や出産だけがゴールじゃなくて、自分たちの未来につながるいろんなゴールがあるということを、もっと多くの人に知ってほしいですね」


※この記事は朝日新聞社が運営しているウェブメディア「telling,」の掲載記事を再編集した記事をベースに、新たに齊藤隆和先生と三井真理先生に取材をし制作しました。

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